「心より心に伝ふる花」を目指して
「車僧」の舞台展開
ここでは「車僧」を5つの場面に分け紹介します。
写真 平成31年 謳潮会春の大会 シテ武田崇史
撮影 前島吉裕
1、車僧(ワキ)の登場
囃子方、地謡方が着座するとワキ座に椅子車の作り物が出される。次第によって車僧が登場する。車に乗って諸国を旅する車僧は、ある雪の日に嵯峨野の原に到着し、しばらく辺りの景色を眺めることにする。
2、山伏(シテ)の登場
幕より山伏が登場し、車僧に問答をしかける。「浮世をば 何とか巡る 車僧 まだ輪の内に ありとこそ見れ(まだ輪廻の輪の中にいて、解脱ををしていないのに、どうしてこの浮世をそんなしたり顔で廻ることができるのですか)」と山伏が問いかけると、車僧は「浮世をば 巡らぬものを 車僧 乗りも得るべき わがあらばこそ(浮世を廻ると見るのが間違っている。この浮世は本来「空」であり、廻るに廻るところはないのである。廻らないのであれば廻るための車も車輪も、我もいないのである。)」と答えた。
では「僧の在所は?」、「一所不住」、「車は住処ではないのか」、「これは火宅の車である」など、山伏は車僧の慢心を誘うが車僧は取り合わない。山伏は車僧の見識に感心し、自分は愛宕山に住む天狗である。車が来られるような場所ではないが、ぜひ来てみなさいと言い残して、黒雲に乗って消える。(中入り)
3、溝越天狗(間狂言)の登場
すると溝越天狗が現れ、車僧を笑わせて魔道に引き込もうと画策するが、車僧の一喝によって退散する。
4、天狗の太郎坊(後シテ)の登場
大ベシという登場音楽によって太郎坊が現れる。愛宕山には雪が積もり、車の轍は見えなくなっている。しかし、自分ほど尊いものがいないと思う慢心の心は簡単には消えることはない。仏法を捨て、魔道に落ちよと太郎坊は車僧を誘惑し、行比べを挑む。
5、太郎坊と車僧の行比べ
太郎坊が車僧を嵯峨野の原で行比べに誘うと、車僧は応じない。怒った太郎坊が車を打つと、車は動かいない。車僧がなぜ車を引く牛ではなく、車を打つのかと太郎坊に尋ねる。太郎坊には牛は見えない。しかし、車僧が払子を振り上げると車はひとりでに動き出し、空を飛んだ。太 郎坊も負けじと嵯峨野原や小倉山、大井川、嵐山を飛び翔って、車僧を惑わせようとするが動じない。ついに太郎坊は車僧の奇特に感服し、合掌して消える。
●ひとこと解説
『車僧』の大きなテーマとして禅問答があります。これは大きく見れば魔道に引き込もうとする太郎坊とそれを否定する車僧との舌戦です。言葉巧みに魔道に誘引しようとする天狗と毅然とした態度で迎えうつ車僧との掛け合いが見どころです。
後半は法力比べとなりますが、舞台上では動いていない車僧の車を天狗が動き回ることによって飛んでいるかのように見せる能独自の演出が見どころです。
また、天狗の登場の「大べし」は大変ゆったりとした登場音楽ですが、これははるか上空を高速で飛ぶ飛行機が地上の我々からはゆっくりと見えるように、高速で飛んできていることと表現するために、逆説的にゆったりとした登場音楽となっています。