「自然居士」の舞台展開

​ここでは「自然居士」を7つの場面に分け紹介します。

写真 平成7年 研究会 シテ武田尚浩 子方崇史

​撮影 前島吉裕

1、自然居士(シテ)の登場

 雲居寺の周辺の者(アイ)が登場し、喝食行者自然居士の七日間の説法が今日結願になる旨を語り、自然居士(シテ)を呼び出す。自然居士が登場し、見所のお客様を説法の聴衆に見立てて説法を始める。

2、少女(子方)の登場

 そこへ少女(子方)が現れ、小袖と諷誦(経文を願う文)を居士に差し出す。この諷誦にはこの少女は亡くなった両親の追善供養を乞い、この小袖は供養の施物とする旨が書いてあり、少女の有様に居士も聴衆も涙にくれる。

3、人商人(ワキ・ワキツレ)の登場

 この間に人商人(ワキ・ワキツレ)が橋掛かりに登場し、両親の供養のために暇を与えた少女が返ってこない、これはきっと雲居寺にいるに違いないと言って、雲居寺へ向かう。居士の前にいる少女を見つけた人商人は荒々しく子供を連れて行く。これを見た雲居寺の周辺の者は人商人を追いますが、一喝され逃げ帰りこの事を居士に報告する。

4、居士は大津へ向かう

 居士はこの小袖は少女が自分を売って買った小袖で、連れて行った人商人は少女を買った者達だと確信し、この小袖を人商人に返し、少女を救うことを決意する。しかし、雲居寺の周辺の者が今日は説法の結願日であり、途中でやめてしまったら結願が無になってしまうと止める。すると居士は「説法は善悪二つをわきまえるためのもので、今の少女は善、人商人は悪である」と明快な結論を下し、説法をやめて人商人の所へと向かうといって、橋掛かりの方へ行く。

5、少女を救うことを決意する

 舞台は大津の浜に移り、舟に乗ろうとしている人商人のもとへ居士が到着し、問答の末に小袖を人商人に投げ、舟に取りつき止める。人商人は居士を叩いて舟から引き離そうとするが、仏罰を恐れて代わりに少女を叩く。叩かれても声を出さない少女を見て、不審に思った居士は少女の顔を見ると口に猿轡をはめられ、縄で縛られているのを見て不憫に思い、連れ帰る事を少女に約束する。

6、人商人との問答

 居士は小袖を返すので、少女を解放するように言うと、人商人は一度買った者は返さないという規則が人商人にあると言う。すると居士もこのような人にあったら助けるまで帰れないという規則が居士にもあり、死んでも舟から降りないと言う。

7、居士は舞を舞う

 人商人は仕方なく少女を返すことにするが、このまま返したのでは面白くないと居士をなぶる事にし、居士を舟から降ろし、舞いを舞ったら少女を返すことを考えようと言って居士の舞を所望する。所望された居士は舟の故事を語りながら舞いを舞う。すると今度は簓を摺る様に言われ、簓を摺る真似を扇と数珠で見せる。さらに次は鞨鼓を打つように言われ鞨鼓を打ち、遂に居士は少女を連れて都に帰る。

●ひとこと解説

 中世において在家を世間、寺や僧の世界を出世間と呼び、居士は世間を捨て禅寺に入り、僧になる前の段階(喝食)まで修行して寺を飛び出した存在で、世間と出世間を捨てた存在であるので、遁世者と呼ばれました。居士はお寺で修行したけれども、仏教界や寺院仏教のあり方になんらかの不満があり、寺の生活を捨てて、悟りの道を求め山に籠りますが、自分だけで悟るのではなくて市井の人々をも法の道にいざなうために説法をする居士が多かったようで、自然居士もその一人であったのだと思います。実は自然居士は実在の人物と言われていますが、詳しいことはわかっていません。ちなみに千利休は居士であったと言われています。

 『自然居士』では、前半は少女のなき父母の弔いという後生菩提と、後半での少女の救出という現世利益の二つの仏教的救済の要素が盛り込まれています。居士は総じて談義僧であり、談義僧は人々に説法するときに後生菩提よりも現世利益の方を強調する居士が多く、この自然居士も結願を捨てても少女の現世利益を求めました。

 『自然居士』は観阿弥作と言われ、劇的な会話の緊張感と芸尽くしの舞の取り合わせが素晴らしく、大和猿楽の芸風を現すような曲となっています。

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