「心より心に伝ふる花」を目指して
「半蔀」の舞台展開
ここでは「半蔀」を6つの場面に分け紹介します。
写真 平成30年 朋之会 シテ武田祥照
撮影 前島吉裕
1、僧(ワキ)の登場
お囃子方・地謡が着座すると名乗り笛によってワキの僧が現れ、一夏の間雲林院にて一夏修業を終え、修行中に仏に供えた花を供養するために立花供養を始める。
2、女性(前シテ)の登場
立花供養をしていると多くの花の中で一輪の白い花がこちら微笑みかけてくるように見えた。気づくとそこに一人の女性(シテ)が立っていた。その女性はこの花が黄昏時に咲く夕顔である事を教え、自分はこの花の陰より現れたと言って、「五条辺りに・・・」と言葉を残して消える。(中入)
3、所の者(間狂言)の登場
所の者が現れ、五条辺りに住んでいた夕顔の上と言う女性と光源氏の恋物語を語り、それを聞いた僧は五条の辺りに向かう。
4、夕顔の女(後シテ)の登場
間狂言が退くと常座に半蔀の作り物が出される。僧が五条辺りにやってくると一軒の荒れ果てた家があった。すると一声という登場音楽によって夕顔の女が作り物の中に現れる。女は僧に弔いを頼み、半蔀を押し上げて姿を現す。
5、光源氏との恋物語を語る
夕顔の女は僧の経文を聞いていると光源氏と初めて会った日の事を思い出すと言って、在りし日の恋物語を語る。
その頃源の中将と呼ばれていた方が、この夕顔の宿に初めてお見えになった夕暮れ時、臣下の惟光にあの花を手折れと命じられた。私は白い扇にこの花を折って差し上げたのです。源氏はこれをご覧になり、その花の名を申し上げた事で御縁が結ばれした。その嬉しさと言ったら例えようがありませんでした。そう言って静かに序之舞を舞う。
6、半蔀の中に消える
序之舞を終えると源氏が永久の愛を語った「折りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見えし 花の夕顔」
(折ったからはっきりと見えたのだろう、黄昏に。ほのかに見えた夕顔の花は)という和歌を口ずさみ、僧に弔いを頼み、夜明けの鐘が響く中、半蔀の中へと消えて行く。
●ひとこと解説
「半蔀」は優美な三番目物の代表格の一つでありながら、若い役者も挑戦する事も多い三番目物の入門曲でもあり、小品ながらとても懐の広い名曲です。「半蔀」は『源氏物語』に登場する夕顔の巻を題材にした演目です。本作品ではシテが夕顔の花の精なのか、夕顔の女なのか判然とせず、わざとぼやかされて創作されています。『源氏物語』の夕顔の女は、光源氏が病気の乳母の見舞いの途中で牛車から夕顔の花が美しく咲いている粗末な屋敷を目にとめ、それをきっかけに源氏と結ばれました。お互いに名前を名乗らないまま、逢瀬を重ねてゆきますが、ある夏の夜に源氏が夕顔を五条の廃屋に誘い出し、そこで夕顔は物の怪にとりつかれ亡くなってしまいます。時に光源氏十七歳、夕顔十九歳で、突然訪れたショッキングな恋の結末は源氏にとって夕顔を忘れられない女性の一人にしました。
能には同じ題材で「夕顔」という作品もあります。「夕顔」、「半蔀」ともに作者は決定的な証拠がなく不明ですか、「夕顔」を参考に「半蔀」か作曲されたのではないかと考えられているようです。どちらも三番目物ですが、「夕顔」は彼女の死について、物の怪にとりつかれた事にも触れ、何となく陰りのある作品になっていますが、「半蔀」の方は全く死について取り扱わず、源氏と結ばれた喜びに焦点が絞られた作品になっています。
題名にもなっている半蔀というのは平安時代の寝殿造と呼ばれる貴族の屋敷や、住居風の仏堂、神社の拝殿などで見られる外回りの扉の種類をさします。日除けとして、板戸の両面を格子で挟んだもので、通常は上下に分かれており、上半分を吊りあげ、下半分は止め金で固定し、半分を半蔀と呼びます。能「半蔀」では専用の作り物(舞台装置)として舞台の後半で半蔀が登場致します。光源氏は半蔀から見え隠れする女性の美しさに興味を引かれて通うようになり、屋敷に咲いた夕顔の花と共に、半蔀は恋のキューピッドの役割を果しました。その象徴として、また格子からシテが見え隠れする風情がお客様に幽玄を誘う装置として、置かれているものと思います。