「清経」の舞台展開

​ここでは「清経」を4つの場面に分け紹介します。

写真 令和元年 朋之会 シテ武田崇史

​撮影 前島吉裕

1、淡津三郎、清経の死を知らせる。

常の通り囃子方・地謡が着座すると、平清経の妻(ツレ)が登場し、ワキ座に座る。その後、淡津三郎(ワキ)が登場し、清経が豊前国柳ヶ浦の沖で入水自殺したことを語り、船中に残っていた形見を都にいる清経の妻の下へ持っていく旨を述べ、妻の屋敷へとやってくる。三郎は妻に清経の死を伝え、形見の鬢の髪を渡す。

2、清経、妻の夢枕に立つ。

 形見を手に涙を流し、夜を明かす妻の夢枕に夫清経(シテ)の霊が現れ、世の無常を嘆き、この世は夢であると言いながらも、その夢を頼りに妻に会いに来たことを語る。

3、入水するまでの経緯を語る。

 夫婦の再会を互いに喜ぶが、妻は自分を残して入水自殺をしてしまった清経を責める。清経は都落ちからの平家一門の有様を語り、自ら命を絶つまでの経緯を仕方話風に語り始める。

都落ちをして九州まで下った平家一門は宇佐八幡へと参拝するが、そこで平家に味方する神はいないとのご神託が下る。落胆している一門へ長門国より敵が進軍していると情報を聞き、急ぎ舟に乗って行く当てもなく放浪する。そしてある夜清経は船の屋形に立ち、笛を吹き、今様を謡う。この世は旅であると思い、西に傾く月に念仏を称え、舟より身を投げ水屑と消えた。

4、修羅道に落ちた苦しみを見せるも、成仏する。

 死後清経は修羅道に落ち、その苦しみの有様を見せるが、やがて死の間際に称えた念仏により成仏する。

●ひとこと解説

 「絶望とは死に至る病である」これはデンマークの哲学者キルケゴールの言葉です。この言葉の通り平清経は柳ヶ浦の沖で入水自殺をしました。都落ちした平家の公達の中で最初の死であり、建礼門院は彼の死を後に「憂きことのはじまり」として平家の命運を暗示するものであったと回顧します。いかに清経が追い込まれていったのかを仕方話で舞う部分はこの曲の大きな見所の一つです。
 またこの曲のツレは重い役とされており、シテが登場するまではシテに準ずると言われています。

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