「心より心に伝ふる花」を目指して
「正尊」の舞台展開
ここでは「正尊」を6つの場面に分け紹介します。
写真 平成30年 観世会秋の別会 シテ武田尚浩
撮影 前島吉裕
1、義経一行(ツレ)の登場
常の通り囃子方、地謡が着座すると義経(ツレ)を先頭に静(子方)、江田源三・熊井太郎(ツレ)、弁慶(ワキ)が登場する。そして弁慶が常座にて事の次第を語る。
平家を壇ノ浦にて滅ぼした義経は梶原景時の讒言によって頼朝と不仲になり、都で生活を送っているが、昨日頼朝の配下の土佐坊正尊が上洛したのだが、どうやら義経暗殺の命を受けているようである。ついては正尊を呼び出してその真偽を尋ねる事にし、正尊の宿へと向かう。
2、正尊(シテ)の登場
弁慶によって呼び出された正尊は鎌倉からの長旅で病気にかかってしまい、義経殿へのあいさつができないと言い、数日後に必ず義経の所に行くことを約束するが、弁慶はこれを聞き入れず、腕を引いて義経の御前へと連れて行く。
3、起請文を読む
義経は正尊に頼朝からの手紙や言伝はなかったかと尋ねるが、正尊は手紙はないが頼朝様より今後も都の警護に励むようにと言われたことを伝える。義経は自分を暗殺に来たのではないかと尋ね、弁慶も武士よりも法師の方が義経を暗殺できると思って土佐坊上洛したのではないかと詰め寄る。すると正尊は熊野詣での為に上洛したと答え、この事に偽りがないことを証明するために起請文を読む
4、酒宴
これを聞いた義経はもとより虚言であるとは思ったが、正尊の書いた文章に感動し、酒宴を開き、静は舞を舞う。そして正尊を慰労し、鎌倉に帰った暁には頼朝によくよく申し伝えてくれと頼み、義経が寝所へと入ると正尊も宿へと帰る。
5、弁慶の配下(間狂言)の偵察
やはり正尊の様子がおかしいと思った弁慶は配下の者に正尊の宿を探らせる。すると皆武具を付け合戦の準備をしていた。これを聞いた弁慶は義経に伝え、一行もそれを迎え撃つために武具の準備をして待ち構える。
6、正尊の夜討
そこへ正尊一行が攻め込んでくる。正尊は頼朝より義経討伐の命を受けた事を明かす。一同乱れて乱戦となるが、江田源三・熊井太郎の二人に皆切られてしまう。最後の一人、姉和平蔵光景は弁慶に切られてしまう。正尊も馬より降りて、義経に斬りかかるがどうにも叶わず、最後は弁慶に組み伏せられ、縄をかけられて捕まえられる。
●ひとこと解説
土佐坊正尊(昌俊)は頼朝の配下としてその名前が記されていますが、実存のはっきりしない人物です。一説には渋谷金王丸がその前身であるとする説もあります。その説によれば、頼朝・義経の父義朝に仕え、彼の死を都にいる常盤御前に伝えたのもこの金王丸と言われています。正尊討ち死にの知らせを聞いた頼朝は彼の忠義に感謝して、渋谷の金王神社に太刀を奉納し、桜を植えました。これが江戸時代には三大桜と呼ばれる名木になります。
正尊の「起請文」は安宅の「勧進帳」、木曽の「願書」と並び三読み物として重い習い事になっており、シテの正尊が当座をしのぐために謡い、義経も虚言と思いながらも聞く起請文は大きな聴きどころの一つです。
後場は正尊が大勢の郎党を従えて夜討ちをかける場面は圧巻でです。