「心より心に伝ふる花」を目指して
「隅田川」の舞台展開
ここでは「隅田川」を7つの場面に分け紹介します。
写真 平成14年 能尚会 シテ武田尚浩
撮影 前島吉裕
1、渡守(ワキ)の登場
囃子方、地謡が座付くと、小さな山の作り物が運ばれます。これは物語の後半で登場する子供の墓ですが、今は見えない設定でお願いします。
その後、笛の独奏により、隅田川の渡守(ワキ)が登場し、人数が集まり次第川の対岸へ舟を出そうと考えていると述べます。
2、旅人(ワキツレ)の登場
次第という登場音楽にのって、都からの旅人が登場し、渡守に舟に乗せて欲しいと頼みます。また、渡守は旅人の後から女物狂いがやってくる事を聞き、その女性を待ってから舟を出そうと決めます。
3、狂女(シテ)の登場
一声という登場音楽にのって、狂女が登場します。彼女は夫と死別し、一人息子を人身売買の男達にさらわれてしまい、噂を頼りに都から東国まで来たという身の上を語り、隅田川のほとりにやって来ます。
4、渡守と狂女の会話
狂女は舟に乗せて欲しいと渡守に声を掛けます。渡守は面白い舞を見せてくれたら乗せようと言い出し、狂女は渡守のつれない態度をなじります。狂女は丁度空を飛んでいた鳥の名を聞き、鴎と答えた渡守に、伊勢物語の舞台である隅田川ならば<都鳥>と答えるべきだと言い、重ねて乗せて欲しいと頼みます。風流を理解する物狂に興味を持った渡守は彼女を乗せて舟を出します。
5、渡し舟の中で
先程の旅人が対岸で人だかりが出来ているのを見つけ何かと尋ね、渡守はある少年の一周忌の法要だと述べ、物語を始めます。
都から12、3歳の少年が人身売買の男達に連れられこの川のほとりまで来たが、慣れない旅に疲れ病気になったところ、男達に見棄てられてしまい、地元の人々は憐れに思って介抱するが、少年は死期を悟って母親が恋しいと言い残し、死後墓標に柳を植えて欲しいと頼んで亡くなったのだと語ります。
狂女は渡守に二、三の質問をし、その子こそ息子であると確信し、絶望します。渡守は大層憐れんで狂女を墓標の柳の元へと案内します。
6、柳の前で
母親は柳の下に座り込み、この土を掘り返して我が子の姿を一目でもみたいと述べて、嘆き悲しみます。
7、皆で念仏を唱える
渡守は鉦鼓(しょうご)を持たせ、母親の供養こそ少年の為になると、共に念仏を唱えるよう勧めます。
母親は何回目かの念仏の中で不思議に息子の声が混じっていることに気付きます。すると、幻に息子(子方)の姿が見え、母親は抱きつこうとしますが、消えてしまい、柳だけが風になびき絶望のまま終わります。
●ひとこと解説
本曲は能楽屈指の名曲であり、役者にとって難曲でもあります。世阿弥の早世した息子・元雅作と伝えられ、『申楽談儀』によれば父・世阿弥と本曲の演出として子供を出すべきかどうか議論になったという逸話が残っています。
「隅田川」は様々な面で他の演目とは一線を隠していると考えます。まずは能楽250あまりの古典の作品の中で唯一希望が見出だせない演目と言えます。子供が行方不明になって親が探す演目はいくつかあり、それらを狂女物と呼びますが、狂女物の中で唯一子供と再会することが出来ません。
また、女性面の完成と非常に密接な関わりがあるかと思いますが、能面を使う役者が生の中にあり、直面の子供が死んでいるという、仮面劇の根本からすると倒錯関係にある作品で、世阿弥の完成した夢幻能に対する大きな挑戦といえるのではないかと思います。この作品を味わう度に、元雅の非凡さを伺い知ることができるのではないかと私は考えます。